愛機PC-9821Xv13/R16のすべて
Last Update is 2001/8/11

私が現在日常使用していたパソコンはNECのPC-9821Xv13/R16という機種であった。
1996年4月19日に購入し、2001年7月29日まで…延べ5年3ヶ月もの長きにわたって第一線でメインマシンとして活躍した。
ここではその全貌を明らかにするとともに、1996年2月モデルのPC-9821でもここまで使うことが出来たという一例を提示したい。



仕様
初期状態退役時
CPUダイPentium133MHzK6-3 450MHz
2nd Cache256kb
ベースクロック66MHz66MHz
CPU動作Clock66*2 = 133MHz66*6 = 400MHz
MemoryFP8MB-SIMM*2 = 16MBFP32MB-SIMM*4 = 128MB
Graphic chipTrident TGUI9680 (on board)
VRAM 2MB
S3 Servage2000(I/O-DATA GA-S2K32/PCI)
VRAM 32MB
HDDIBM 1.6GB(IDE)IBM DCAS-32160(2.1GB)*2 + IBM DDRS-34560(4.5GB)*1 = 8.7GB
CD-ROM Drive4倍速(IDE)PIONEER DR-766 (read x32)
CD-RW DriveRICOH RW7060S (read x24/write x6)
SoundPCM on boardPCM on board & NEC PC-9801-118
SCSI HostadapterAdaptec AHA-2940AU(U-SCSI)
LAN adapterLaneed LD-98P(10BASE-T)
その他周辺機器
DisplaySONY CPD-G400(19inch)
使用解像度1280*1024*16bit
PrinterEPSON LP-1900
TANTT-ME MN128SOHO SL11



変遷(記録が残っているもののみ)


各部解説

外観
本体正面。5インチベイの最下段はCD-ROMドライブで中段はCD-RWドライブ。
普段は風通しを良くするためにケースカバーはしていない。

本体を側面から見た写真である。5インチベイには上からHDD/CD-R/CD-ROMが装着されている。その下がFDDとHDDで、さらに下に金具でマウントしてあるのもHDDである。Cバスユニットの上部にある金具もHDDマウント用のものであるが、後述の通り現在は未使用。

CPUの手前側、自作HDDマウンタに取り付けてあるのは12Vファン。これでCPUファン上部から風を吹き付けて冷却効率を良くする。Cバスユニットに見えているのはLaneedのLANカード。ダイアルアップルーターであるNTT-MEのMN128SOHOを経由してセカンドマシン等と繋がっている。PCIスロットにはAHA-2940AU(U-SCSI)とGA-PIIH8(PERMEDIA2)が装着済み。

内部は電源分岐ケーブルやCPUファン、CPUアクセラレーター用の電源ケーブルも使用しているためにSCSIケーブルの引き回しと相まって乱雑となっている。


PC-9821Xv13/R16を構成している全パーツ。拡張を施した状態のため、初期状態とは部品点数が異なる。


マザーボード。CPU/メモリ/2ndCacheを装着したまま撮影した。



CPU

一番最初、購入時のCPUがP54C-133MHz。俗に言うClassicPentiumで、コア電圧とI/O電圧が等しいシングルボルテージ。厚さ2cm程度の山洋のファンが標準で採用されている。後にFSBを80MHzに上げたことによって160MHz(80MHz*2=160MHz)で動くことになる。
今となっては化石のこのCPUも、当時はDOSプログラムの実行速度に感涙したものである。例えば、i486-25MHz程度のマシンでWindows3.1の起動には40秒〜1分弱を要したが、Pentium133MHzでは約7秒で起動が完了した。

160MHzのスピードにそろそろ不満を感じてきた頃、中途半端な下調べでXv13でK6がそのまま載るとの情報を目にし、K6を買いに走る。Socket7CPUのK6をSocket5に刺すために最内周のピン1本(Socket7のCPUがSocket5のソケットに間違えて刺さらないよう使用していないpinが1本存在する)をニッパーで切断、強引に装着する。だが、電源を投入してもピポとも言わず挫折。後の調べによるとそれは同じXv13でもW16型番(Triton搭載)のほうであった。仕方なく切断したピンをハンダ付けし元に戻し友人に転売。

次にMMX ODPの166MHzならBIOS更新フロッピーが同梱されている情報を入手。秋葉原に買いに行くも、色々悩んでいるうちに何を血迷ったかうっかりフロッピーの付いていない180MHz版を買ってしまう。当然動かず、仕方なくこれも転売。後にそのBIOS更新フロッピーを別経由から入手したが、どちらにせようちのXv13では無効であった。合掌。

三度目の正直で綿密に下調べ。K6を動作させるには特殊な下駄(生産中止品)が必要とのことで諦める。MMX PentiumならAll SCSI化することにより成功することが解ったので、All SCSI化を待って購入。特殊な下駄は不要だが、P55CはI/O3.3V・コア2.8Vのデュアルボルテージであるので、そのための電圧供給のための下駄だけ購入。P55Cはクロックアップ耐性が比較的高いので、80*3.5の280MHzで稼働させる事に。

ある日秋葉原を散策していたところ、某店の店先にてメルコ下駄(別名CPUアクセラレーター)を格安にて発見。追々K6-2化もしたいところであったので即銀行直行にて衝動買い。後、友人のK6-2とこれに乗っていたK6とを交換し、320MHzで駆動させる事となる。コア電圧可変調整改造済み。下駄はN下駄。

かねてより考えていたK6-3搭載を実行。今までK6-2が載っていたメルコ下駄からCPUを剥がし、K6-3を替わりに取り付ける。倍率設定を変更して完了。コア2.43Vで80MHz*6=480MHz駆動させる。
だがPERMEDIA2のグラフィック描画性能が限界(頭打ち)なのでベンチマークや体感速度はあまり変化無し。既に2nd Cacheを増設済みのXv13ではTri Level Cacheの効果もまるで実感できない。いまいち割に合わないパワーアップである。

2000年の3月に突然…とは言っても予兆はあったが…PCが一切起動しなくなる。電源を入れるとピーという音と共に「KANJI CG RAM ERROR/ROM SUM ERROR」等と表示され、640KB以上のメモリカウントに行かない。
結局電圧降下下駄のZIFソケットに刺すピンがZIFソケットのはさみ込む圧力によって変形し潰れ、接触不良になったことが調査により判明。仕方なく、予備のメルコ下駄N2へと変更することに。
その際、丁度極度の多忙状態の時におかしくなり痛い目をみた事から弱気になり、クロックダウンさせて安定性を重視する方針に変更する。今までベースクロックは80MHzであったが75MHzへと変更し、それに伴いCPUクロックも480MHzから450MHzへと落とした。それでもようやく規定クロックなのであるが。

段々、起動しなくなってきたりアプリケーションエラーなどWindowsが安定しなくなってきた。このため、ベースクロックを66MHzに戻して66MHz*6=400MHzと規定クロック以下で動かすことに。
しばらくして、メルコのN3下駄を手に入れる。これは、ベースクロックを下駄内部で1.5倍若しくは2倍してからCPUに渡すというもので、原理上は66MHz*2*6=800MHzまでのCPUが使えることとなる。しかし、ベースクロックをいくらにしようが(50MHzなど下げてもみた)倍率をいくら下げようが400MHz以上では動作しない。後、秋葉原にてジャンクのPC-9821Xa12を2000円で購入したのでそのマザーボード(当然無改造品)に交換してみるが、それでも状況は好転せず。セカンドキャッシュを外すと若干マシにはなるが、諦めてそのまま400MHzで使用する事に。



ベースクロック

元来Pentium133MHzは66MHzの2倍で動いているが、当時からAT互換機ではベースクロック(以下FSB)を75MHzにしたりしてクロックアップするのは一般的になっていた。だがPC-98ではそんな設定はない。ところがAT向け雑誌にFSB80MHz化改造が掲載され、それがPC-98でも有効である(同じクロックジェネレーターICを使用していた)事が判明した段階で我が家もFSB80MHz化改造決定。早速ハンダゴテを当ててSC-464AYBの11番ピンを浮かせて完了。

後にそれでは66MHzに一時的に戻したいときなどに不便である事に思い至り、切り替えスイッチを取り付ける(写真参照)。


先の11番ピン足上げ80MHz化では80MHzしか選択の余地が無かった。従ってP55Cの最大倍率3.5倍で使う限り280MHzが限界となる。なんとか300MHzを越えてみたかったので、今度は俗に言う原発乗っ取り方式をやることにした。

原発乗っ取りとは、簡単に言うとFSBを決定している水晶発振子を高いクロックの物に交換してしまうこと。だが、単にそれを交換しただけではタイマーICやフロッピーなどその他の余計な回路にも狂ったクロックが供給されてしまう。そこで、それらの箇所には別に正規のクロックのジェネレーターからクロックを供給してやる事でFSBだけ独立して調整できるようになるわけである。

FSBを細かく調整したかったのでいくつかの水晶発振子を取り替えてテストできるようにICソケットを切断した物を基板にハンダ付けし、水晶を取り替えながら色々とテストしてみた。その結果、残念ながら我が家のXv13は80MHzが限界値であることが判明。83MHzではWindowsのレジストリが崩壊してしまった。

K6-3-450MHzを使っているこの段階では動作周波数は80MHz×6倍=480MHzでありこのXv13の物理的な上限となった。もうこれ以上高速なCPUが出ても現在では480MHz以上で動かすことが出来ない。Over500MHzを狙うなら、前途のMELCOのN3下駄かN4下駄が必要となる。

マザーボード本来のCPU倍率設定ジャンパーピン。Cバスユニットの真下に位置するためにCバスユニットを分解してからでないと変更は無理である。SW3と書いてある2組のジャンパーがそれ。下駄を使用するようになってからは名実ともに不要となった。

ちなみにマザーボード本来のFSBクロック設定ジャンパーピンは上の写真の左下、2個横に並んでいる電解コンデンサ右側のすぐ上にある2組のジャンパーピンである。

このように66MHzから80MHzにベースクロックを上げたが、不調を契機にして75MHz、さらに最終的には66MHzへと落としている。このことから、クロックアップというものは短期的には性能向上に寄与しても、長期的スパンで考えたとき半導体回路に与える影響は無視できないものであるといえる。オーバークロックも結構だが、この点を注意してリスクを勘案し、トライしていただきたい。



メモリ

本体には標準で16MBが搭載されていた。しかし、雑誌等の情報により24MB以上無いと起動の段階で既にスワップが発生する事が分かっていたため、本体と同時に+16MBのメモリモジュールを購入し、32MBとする。これで当分は快適に使えるだろうと考えていた。値段は16MBで約三万円。

今となっては動機が思い出せないが、97年の冬にメモリを最大搭載してみようと決意する。この当時、72ピンのファーストページSIMMのバルク価格は32MBで約\11,000であった。4枚購入して128MBとしたので、5万円弱かかったことになる。
あれから4年経過した2001年夏はもはやSIMMは市場から消え失せ、128MBのDIMMが\2,000で購入出来てしまう。128MBに増設したときと値段を比べると20分の1、最初に16MBを買った時とでは実に120分の1にも暴落した事になる。恐ろしいことだ。



ケース

厚い鉄板を使用しておりかなり丈夫。安物のATのケースのような柔さは微塵も感じられない。それでいて、切断面は面取されていて怪我をすることが無いようになっている。
私がATをあまり好まない理由の一つには、そのケースデザインの救いようのないダサさと作りの甘さにもある。

ケース内部はデスクトップモデルに比べると格段に容積が大きい。だが、それでもCバスユニットを入れたりHDDを取り付けたりするとあまり空間が残らなくなる。本格的なサーバーマシーンにするには少々辛いかもしれない。



不遇の拡張ボード

左の写真はNECの「PC 3Dengine2」。いわゆる3D専用ボードであり、PowerVR PCX2を積んでいる。PowerVR版バーチャロンが目的で出荷と同時に即購入。だが、Voodoo2のような3D専用ボードでは2Dボードと協調して動作する仕様になっている。ところがXv13オンボードのグラフィックチップは鈍足で定評のあるTGUI9680。CPU性能が低かったことももちろんあるが、それ以上に2D性能の悪さに引っ張られて快適にゲームは出来なかった。加えてPCIスロットの空きは2つ。一つはSCSIボードだし、もう一つはより高性能な2D性能を持つグラフィックカードに換装。PowerVRが鎮座するような余地は残されていないのである。

99年の秋に友人から不要パーツを集めて不足分は秋葉原で中古を探し、2万円でK6-2-300MHzマシーンを作る。これでPowerVRも復活だと思いきや、何故か動作していない模様。結局ATからも見放され、相変わらず段ボールの布団にくるまって冬眠中。春は遠い。

その同じATにて今度は動作させることに成功。BIOSアップデートを行い、PCIバスまわりの制御のアップデートを行ったところ動いたのでこれが原因だった模様。やはりPowerVR版のバーチャロンは綺麗であった。感激。



HDD

購入当所、HDDはIDEの1.6GBが付いていた。だがPC-98のIDEコントローラーは鈍足で(なんとIDEコントローラーがCバスの下にぶら下がっている)、とても快適に使えるものではない。追々MMX化も視野に入れていたので、All SCSI化する事に。

最終的にSCSI-HDDは3台接続していたが、標準でHDDを格納できる場所は最初にHDDが付いていた1カ所だけである。もう一つは5インチベイのうち余っている1つを使用。3.5インチ-5インチ変換アダプタを使用して格納した。だが標準では3台目のスペースはもう無い。後述するようにCバスユニットの上に付けても良いのだが、そうするとSCSIケーブルが長くなって総延長1.5mの制限を越えてしまう(外付けスキャナーを使うため)ので都合が悪い。そこで、標準のHDDベイの下にホームセンターで買ってきた金具を曲げて自作HDDベイを作ることにした。予算は数百円である。

サイズ的に二台付けることが可能だが、今のところ一台だけ付けている。空いた下の空間には、丁度良いので12VのファンをCPUの直上に位置するように取り付けてある。これで夏場も比較的マシである。
その後、退役して分解するときに実際に二台目の位置にHDDを付けてみたところ、なんと前面パネルに付いているスピーカーと干渉することが判明。実は二台目は難しかったのだが、実際にはやらなかったので良しとする。

All SCSI化する前に、一度IDE-HDDを3台接続していた時期があった。その頃に考えた3台目の格納場所がCバスユニットの上である。ここには元々純正品の増設HDDユニットが収まる場所だと思われ、実際その為の金具を取り付けるような構造が見て取れる。そこで、純正品もここを使うならここでいいや他に場所無いしという理由でL字金具を見つけてきて即席でHDDをマウントした。



CD-ROM/RWドライブ関連

購入時に付いていたのはATAPIの4倍速CD-ROMドライブ。
そのうちCD-RWを購入(当時はまだ高価で、2倍速書き込みで7万円程度した)した。当所はこれをCD-ROMの代わりにしようと考えていたが(CD-ROMの読み込みは6倍相当)、キャディー式であるためにCD-ROMドライブとして使うには極めて使い勝手が悪かった。さらにCD-Rドライブであるため、ディスクの認識までの時間が長く遅く感じられた。そこで、これは使えないと思いSCSIの24倍速を購入してきて両方取り付ける事にしたのである。途中で24倍速の調子が悪くなり、焼いたCD-Rを読まない現象が出てきたため、32倍速に換装している。

問題は音声である。CD-ROMドライブで認識しないCD-RはCD-Rドライブから読ませてやらねばならない。しかし、動くのであればCD-ROMドライブからのほうがはるかに高速で快適だ。わざわざその都度CD-ROMドライブからの音声出力ケーブルを差し替えるのはさすがに面倒だった。そこで、二股に分岐させて途中に切り替えスイッチを付けることにした。こうすることにより、普段はCD-ROMドライブ側の音声が出るが、CD-Rドライブ側で再生する場合には一時的にスイッチを切り替えるという使い方が可能となった。本当は両方を勝手にミキシングする回路を作りたいのだが、研究している余裕がないので未着手である。

2000年になり、世の中のCD-Rが12倍速書き込みをサポートする頃、2倍速というのはあまりに遅い上にキャディの使い勝手も悪いのでCD-Rドライブを買い換える。2倍速書き込みで約40分かかるが、これが4倍速になると約20分、6倍速になると15分と2倍と4倍の間の時間差は大きい。が、もう4倍速以上の差はあまり大きくないので6倍速で十分と判断し、RICOHのRW7060Sを選ぶ。
だが、社会人になりあまりパソコンに触れる時間が無くなったので、実はあまり使用していない。PC-9821Xvの退役後はそのままATで次の人生を送っている。



SCSIカード

PC-9821のWildcat搭載機種ではMMX Pentiumを載せるときにIDEを切り離す必要があること、いずれCD-Rドライブを購入することを考え、SCSI化する事となった。その際、SCSIホストアダプタの選択をどうするか考えねばならない。

MELCOやI/O-DATAの製品を選んでも良いのだが、追々CD-Rも考えていたため信頼性を最重要に考えてAdaptecのAHA-2940AUにすることにした。ところが他社カードが一万円で買える中で、このAdaptec製品は約三万円もする。なんとか出来るだけ安く浮かせたいと考え、バルク品を使うことを考えつく。
ところがこれが失敗で、PC-98では起動出来なかった。バルクのAHA-2940AUにはPC-98のBIOSが載っていなかったのである。バルクという性質をよく考えれば当たり前であるのだが。

仕方ないので友人に引き取ってもらい、正規のPC-98対応パッケージを購入する。以降ずっとこのカードである。今となってはU-Wideにすれば良かったかな等と考えたりもするが、当時としては無理な注文だし、既に3台あるU-SCSIのHDDをゴミにするわけにもいかないのでこれで良しとする。

またSCSI接続でフラットベッドスキャナーを使っているのだが、これを接続するとSCSIのケーブル制限長である1.5mぎりぎりとなる。たまにサイズの大きなファイルをコピーしているとWindowsがHDDもろとも死ぬ危険性があり(危ない目に何度か遭った)、現在はスキャナを使うときだけ外付けのケーブルを接続するようにしている。
しかしSCSIの接続が7台までというのはあっという間に埋まってしまうものである。HDD×3+CD-ROM+CD-R+スキャナで残り1台しか追加できないが、既にケーブル長の問題でこれ以上何かを追加できる余地は無い。以外と不便だ。



音源

音源カードとしてPC-9801-118音源を本体と同時に購入。元々本体にオンボードでPCM音源は付いているが、DOSゲームでも音を出したかったのでFM音源ボードを購入した。しかし、DOSゲームで一般的に用いられていた86音源(PC-9801-86)と完全には互換性が無かったりで鳴らないゲームも多かった。

DOSゲームと全く縁の無くなってからはMicrosoft SideWinder GamePadを接続するためのゲームポートの役割しか果たしていない。86音源にはD-SUB15ピンゲームポートは付いてないし、バーチャロン用スティックも使うのでこれしか選択肢が無いことも確かであるが。



グラフィック

初期状態のオンボードTrident TGUI9680は救いようのない遅さ、しかもVRAM2MBであった。これではGUI環境のWindowsで快適を望むべくもないので(16bitカラーでは1024*768が最大)、グラフィックアクセラレーターボードの増設を計画。当時早かったPERMEDIA2を搭載したI/O-DATAのGA-PIIH8/PCIを購入する事となる。
このボードはハードウェアでOpenGLに対応しており、Quake2の表示が綺麗であった。2Dに関しては別段飛び抜けて早いわけでもなく、普通である。強いて特徴と言えばこのボードは640*480のエリアをコンポジットビデオ信号/Sビデオ信号として外部に出力できる点である。

それから1年半、もはや市場にPERMEDIA2の名前など何処にも無く、より高性能なチップが続々と登場してきている。ところが、PC-9821で使用できるグラフィックカードとなると途端に選択肢が激減する。本命のRIVA TNT2はPC-9821では使えない。Voodoo BansheeかSavage4 Proしか現実的に選択肢は無いのだが、現在の2D速度で別に支障はないし困っても居ないのでグラフィックに関してはこれ以上換装することは恐らく無いであろう…と思っていた。

しかし、仕事でプログラミングしているとき画面描画の遅さに腹が立ち、Servage4 Pro Plusを搭載したI/O-DATAのGA-SV432/PCIを購入することを決心。ところがこのカードが曲者。我が家のXv13どころか自作ATに装着してもフリーズする。I/Oに連絡してドライバのβ版やボードの交換もしてもらったが状況は変わらず。ところが学校のSlot1マシーンでは正常に動く。Socket7だと駄目なのかと訝しんでいるうちに再びI/Oから送られてきたβ版のドライバのヘルプには「一部のPC-9821ではBusMaster転送時にハングアップすることがあり、そのような場合には非BusMasterドライバを使用せよ。だがその場合OpenGLは使えない」という旨の一文が。非BusMasterを選択しても結局フリーズしたし、OpenGLが使えないと買った後から言われてもそれは詐欺だろと激怒し、俺の金返せと商品をI/Oに突っ返し、返品。

ちなみにK6-2+Voodoo Bansheeはグラフィックドライバが3DNow!を利用しているために想像以上に爆速である。友人宅にあるPC-9821Xa7(FSBが50MHz)でK6-2-275MHzとVoodoo Bansheeの組み合わせに我が家のPERMEDIA2が負けたときにはさすがにショックを隠せなかった。

2000年になると、たまにPCがフリーズの傾向を示すようになる。症状を思い返すと、どうもグラフィック関係がネックになっているような気がしてならない。時を同じくして、I/O-DATAよりPC-9821に対応しているSavage2000を搭載したGA-S2K32が発売される。最初のうちは様子見で、さらに描画速度に難があるとの情報があったので購入は考えていなかったが、GA-PIIH8では高解像度の際の発色に難がある事と不具合の原因かもしれないという事で購入を決意。
しかし、いざ使ってみると評判通り速度は遅い。それならまだしも、何故か画面にノイズが乗り、非常に見辛い。せっかく高解像度のために買ったのにそれが事実上使い物にならず、1280*1024ならまぁなんとかノイズも目立たないかなと言うレベルである。そのため、グラフィックボード上の電解コンデンサをOSコンデンサという高級なものに変えたり、電源ラインにフェライトコアを挟んでノイズ対策をしてみたりしたが、状況はあまり変わらなかった。
結局このノイズの原因はグラフィックカードにあるのか、PC側にあるのかは判断出来ず退役を迎える。



ネットワークインタフェースカード

購入当初ネットワークカードは付いていなかったが、友人の影響でPC-98でのFreeBSDを実験するためにLAN環境が必要となり、購入。当時既に選択肢が殆ど限られていた中から、LaneedのLD-98PTというNICを購入する。
このカードに関しては特に語ることは無い。安定して動いてくれていた。



ディスプレイ

Xv13の購入と同時にSONYのCPD-17SF8を購入。ところが、しばらくして故障…というか画面に妙な縦縞が入るようになる。サービスセンタにて修理をお願いしたところ、代替機と交換して頂いた。これにより、CPD-17SF9に。
そのままずっと使い続けていたが、2000年末についに故障。映らなくなる。後継機には同じ17インチでも良かったのだが、安価になってきた19インチディスプレイを選択した。画像の2系統入力もあるので、セカンドマシンを繋げる意味でも最適である。



プリンタ

プリンタは最初NECのドットインパクトプリンタであるPC-PR201/80Aというものを使用していた。これはB4の紙が横で給紙できるサイズのものであり、かなり大きい。しかも、ドットインパクトプリンタの構造上、非常に音が大きい。
次に、EPSONのレーザープリンタであるLP-1700Sを購入する。そのまま使い続けたが、引っ越して一人暮らしするにあたり、このLP-1700Sは実家に置いてきて自分用には同じくEPSONのLP-1900を購入した。
デジカメ印刷用にカラーインクジェットプリンタも欲しかったが、物理的に置く場所が無いので購入に至っていない。



ターミナルアダプタ

一番最初の通信手段は友人から借りていた28.8Kモデムであった。が、モデムだとネットしている最中に電話が受けられないうえに速度が遅いので、ISDNを導入することにする。

ようやくTAが安価になり始めていたこの頃、数ある製品のうちからNECのAtermIT65ProDSUという製品を購入する。液晶表示が本体にあり、使いやすいとの判断からだったと思う。

2000年になり一人暮らしを始めるにあたり、プリンタと同様Atermは実家に置いてきて、自分用には新しく買うことにした。どの機種がいいかの前に、アナログではなくてISDNにしたかったのでTA。そして、複数のマシンからインターネットに出ることのできるダイアルアップルーターにしようと決断。そして、選択肢の中から最も定評があり機能的にも申し分のないNTT-MEのMN128SOHO-SL11を購入した。

2001年も中盤を過ぎ、ようやく日本でもADSLや光ファイバー等の広帯域接続が現実のものとなり始めた。しかし、光はまだもう少し先。ADSLもアナログ回線に戻さねばならず、せっかく買ったMN128がもったいない。せめて償却させてからにしよう…あと1年待てば確実に光が手の届く所に来るはずだからと未だ64kの狭帯域回線で頑張っている。


性能の変化
CPUGraphicHDD
P54C-160MHzTGUI9680DCAS-32160
P55C-280MHzGA-PIIH8
K6-2-320MHzDDRS-34560
K6-3-480MHz

※その他の共通条件
  解像度=1024*768*16bit
  Memory=128MB
  OS=Windows95(4.00.950a)
  SCSI=AHA-2940AU
  2ndCache=256KB

 ★ ★ ★  HDBENCH Ver 2.560  ★ ★ ★ 
    ALL   浮    整    矩    円   Text Scroll DD  Read Write Memory Drive
A  4683 10276  9246  2376  1652   840     9   1  6504  6563  6688  C:10MB
B 12403 19788 17532 27061  3618 19752    83  23  5685  5710 15756  C:10MB
C 14259 18952 24681 25554  6353 16184    17  21 11129 11203 11870  C:10MB
D 16570 28449 37089 21343  5829 16285    17  21 11810 11742 18900  C:10MB

HDBENCH Ver2.560を使い性能を比較したものである。右上の表にあるようにCPU/Graphic/HDD以外は基本的に皆共通である。
初期状態のA(と言っても160MHzであるが)では、総合的にどの値も低い。Windows95登場当所は標準的な性能であったが、4年経過した現在では如何ともし難い遅さである。特にオンボードグラフィックアクセラレーターであるTGUI9680の値は筆舌に尽くし難い。

BではCPUをP55C-280MHzにし、グラフィックをGA-PIIH8へと換装した。CPU演算速度と描画性能というWindows環境において最も重要な2つを換装したため、大幅なパフォーマンスの向上となっている。実用上は問題ない。

Cでは、CPUをK6-2-320MHzに、HDDをDDRS-34560に交換した場合である。K6シリーズは整数演算に強いが浮動小数点が弱いため、総合的なパフォーマンスアップにCPUが貢献する割合は低い。矩形やtextなど整数演算が絡む数値は伸びるが、円は落ちている。また、地味ではあるがHDDも高速化されたことで約2倍の値になっている。

DではC状態からCPUをK6-3-480MHzに換えただけである。演算能力と付随するメモリー転送速度は向上したが、グラフィック関連がまるで変わっていない。このことからも、PERMEDIA2かPCIバスが既に頭打ちであることが裏付けられる。総合的な数値もあまり伸びないし、体感的にも普通に使っている限りまず判らない。


これ以降はグラフィックボードを換えたりクロックを下げたりしているが、データとしては取っていないため比較出来ない。



退役

2001年7月29日、ついに愛機PC-9821Xv13/R16は現役を退くこととなる。

7月26日(水)
会社より帰宅してPCの電源を入れたところ、何故か内蔵グラフィック機能(TGUI9680)による640*400での解像度で起動。再起動させたところ、いつものように起動できたのでその日は普通に使用できた。

7月27日(木)
起床し、PCの電源を入れると、メモリカウントが終わった後固まる。
通常はメモリカウントの後、SCSIの初期化シーケンスが入って、その後にHDDの起動に行く。ところがSCSIの初期化シーケンスでHDDのアクセスランプが光りっぱなしのまま、それ以降処理が進まない。フロッピーディスクを入れてみても起動しないことから、そこまで制御が行かないものと思われる。原因が分からないのでとりあえず出社。帰宅後色々試してみるも、やはり状況は変わらず。

7月28日(金)
帰宅後、PCを全分解し、CPUや下駄を交換して障害の切り分けを図る。その結果分かったことは、2基あるPCIスロットの1番スロットにSCSIカードがあると(現行通り)SCSIカードの初期化で固まることが判明。SCSIカードを2番スロットに刺せばHDDからWindowsが起動できた。そして、1番スロットにグラフィックカードを刺した場合八割程度という高確率でIOSエラーが起こりWindowsが起動できない。
ソフトウェア的な問題という可能性も考え、Windowsの上書きインストールを決行するも状況は変わらず。

7月29日(土)
上書きインストールではなく、今度は完全新規インストールを試みる。が、状況は変わらずIOSエラーが頻発する。
マザーボードは改造品ではなく、ジャンクのPC-9821Xa12から流用した品物なのでこれが原因かは分からない。昔のマザーに戻しても駄目。CPUもK6-2や他のCPUに換えたり、下駄を違うものに交換してみたり、クロックを下げてみたりしたが変化がない。

以上から、原因はPCIスロットの故障かSCSIカードの故障ではないかとある程度推測はしたが、確証が持てない。まさか3万円するSCSIカードを推測の域で買ってきて試すのもどうかと思い、最近不調続きのPC-98がこれ以上安定して動く見込みは極めて低いと判断、本機の破棄を決定するに至る。


もちろんPC-98アーキテクチャへの愛着はある。しかし、冷静に現状を考えたとき、もはやPC-98を使い続けるのは趣味以外の何物でもない。マザーボードの設計は古く、データバスの転送速度は遅い。サウンド機能はCバスにぶら下がっており、音を出すのは不利。CPUももはや旧世代のSocket7まで。それもついにK6-3+を最後に終焉を迎えた。OSのサポートもWindows98SEが最後。そんな中でトラブルを抱えてそれを直しながら使い続ける気はもはや残っていなかった。PC-98アーキテクチャより、安定して動くPC環境への欲求のほうが勝ったのである。
就職し働き初めてから1年、PC-98に手を入れるような時間的余裕は無く、そのまま道具として使い続けるのみであった。それにもかかわらず…あれこれ触った末の故障ならまだわかるが、なにもしていなかったのに突然おかしくなった事も退役を決断した理由のひとつとなった。

もはや、自分にとってパソコンは趣味では無くなっているのかもしれない。



その他

実家に置いてきたものや捨てたものがあるので現状は異なります。近々調べて反映させます。

所持PC
NEC PC-9821Xv13/R16メインマシーン[Windows95(LAN)]
自作PC/AT互換機(K6-2-300)ファイルサーバ/Webサーバ[FreeBSD-3.2/samba/Apache(LAN)]
IBM ThinkPad230Cs汎用[Windows95(LAN)]
自作PC/AT互換機(K6-2-300)弟用[Windows98(LAN)]
富士通FM-V5210(P54C-200に換装)母親用[Windows98(LAN)]


NEC PC-9821As/U8WFreeBSD実験用として貸出中
富士通FM-V5210 ×2配属先未定
NEC PC-9821Be/U7W板を渡して机の脚
NEC PC-9801FA/U2
NEC PC-9801RA21 ×3退役
NEC PC-9801RA2
NEC PC-9801RX2
NEC PC-9801NS/T40 ×2
NEC PC-9801UF ×3
NEC PC-9801E
NEC PC-9801M
NEC PC-8001

PC歴
1987NEC PC-8001BASICゲームで遊ぶ。当時はまだデータレコーダーの時代。メインメモリは32KBで大容量
1989NEC PC-9801E8inchフロッピー。N88-BASICでプログラミングして遊ぶ。MS-DOSの存在を認知
1994NEC PC-9801RA21HDDの速さに感激。Cx486DLC-40MHzを積むも、Windows3.1は使い物にならず
1996NEC PC-9821Xv13/R16いよいよWindows95&インターネットへ
2000NEC PC-9821Xv480/RW87もう性能的な限界か
2001NEC PC-9821Xv400/RW87ついに退役を迎える


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